大学で学んだ経済学を父に話したら、証券会社の仕事につながった|40年前の親子の経済対話

経済について語り合う父と大学生の息子

40年前、私は大学で経済学を学んでいました。

父は証券会社の経済研究所で働く金融マンでした。

当時の我が家では、経済や株式市場について話すことが、特別なことではありませんでした。

父から教えてもらうこともあれば、大学で学んだことを私から父に話すこともありました。

今回は、その中でも今でも印象に残っている出来事について書いてみます。

目次

大学の授業で出てきた「国際債務」の話

1980年代後半、世界ではラテンアメリカ諸国などの累積債務問題が大きな問題になっていました。

大学の経済学の授業でも、この問題が取り上げられました。

私が通っていた慶應義塾大学で経済学を教えていた西川俊作先生の授業です。

【西川俊作先生の経済学の本の写真】

私(石倉)が大学時代に使った経済学の教科書。今でも読み返すときがあります。

授業の中で印象に残ったのは、1920年代と1980年代では、国際的なお金の流れ、つまり「資金のルート」が違うという話でした。

同じように「国が借金を返せなくなる」という問題でも、誰が誰にお金を貸しているのか、その資金がどこを通っているのかによって、問題の性格も解決の方法も変わってくる。

当時の私は、詳しいことまですべて理解していたわけではありません。

それでも、その違いがとても面白く感じられました。

そして、その話を家に帰って父にしました。

「確かにそうだ。明日、上司に報告する」

父は証券会社の経済研究所で、株式や経済について調べる仕事をしていました。

私が大学の授業で聞いた話をすると、父はしばらく考えていました。

そして、

「確かにそうだ。明日、上司に報告する」

と言いました。

私は驚きました。

大学生の私にとっては、授業で聞いた経済学の話です。

ところが父にとっては、証券会社の仕事に関係する話だったのです。

そのとき初めて、大学で学ぶ経済学と、金融の現場で行われている仕事が、私の家庭の中でつながりました。

【当時の新聞の切り抜きの写真】

父が毎晩切り抜いていた新聞記事切り抜き

教えるのは、いつも父とは限らなかった

父から経済や株式について教えてもらった記憶はたくさんあります。

父は毎晩、経済ニュースを見ながら日経新聞を読み、気になった記事を切り抜いていました。

自分が注目している株については、方眼紙に万年筆でチャートまで書いていました。

私にとって父は、身近にいる現役の金融マンでした。

一方で、大学では大学の先生から経済学を学んでいました。

その二つの世界が家庭の中で交わっていたのです。

父が私に教えるだけではありません。

大学生だった私が、大学で学んだことを父に伝える。

そして、それが父の仕事に持ち帰られる。

40年前の私は、それを「親子の学び合い」などと考えていたわけではありません。

ただ、面白いと思った経済の話を父にしていただけです。

しかし、今振り返ると、これはとても貴重な経験だったと思います。

40年前の問いを、2026年の問いとして

経済学には、難しい言葉がたくさん出てきます。

国際債務、金融政策、資金循環……。

すべてを理解する必要はないのかもしれません。

大切なのは、

「なぜ、こうなっているのだろう?」

と考えること。

そして、自分とは違う立場の人と、その問いについて話してみることです。

40年前、大学生だった私と、証券会社で働いていた父は、経済について話をしていました。

学生が金融マンから学び、金融マンも学生から新しい視点を得る。

そんな小さな知識の循環が、家庭の中にあったのです。

私は今、金融セカンドオピニオン相談所で、相談に来られた方と一緒に「なぜ、この選択をするのか」を考えることを大切にしています。

もしかすると、その原点の一つは、40年前のこの経験にあるのかもしれません。

40年前、大学生だった私と、証券会社で働いていた父は、経済について話をしていました。
学生が金融マンから学び、金融マンも学生から新しい視点を得る。
そんな小さな知識の循環が、家庭の中にあったのです。

もう一つ、父との経済対話について書きました。
「金利が上がると株価は下がる」と父が話していた頃のことです。

40年前の問いを、2026年の問いとしてもう一度考える。

これからも、父との経済対話を少しずつ思い出しながら、今の暮らしやお金について考えていきたいと思います。

経済について語り合う父と大学生の息子

少しだけ補足――1980年代の国際債務問題とは

1980年代初め、ラテンアメリカでは大きな累積債務問題が起きました。

1970年代、原油価格の上昇によって産油国に大量のドル資金が集まり、その資金が米国などの大手銀行を通じてラテンアメリカ諸国へ貸し出されました。多くの融資はドル建てで、米国の短期金利に連動する変動金利でした。

ところが1980年代初め、インフレを抑えるために米国が大幅な利上げを行います。ドルも上昇したため、ラテンアメリカ諸国では「利払いが増える」「ドルで返済しなければならない」という二重の負担が生じました。1982年のメキシコの債務返済困難をきっかけに、国際的な債務危機へと発展します。

現在も、日本などの国が米国債を保有する一方、米国の金利やドルの動きが、ドル建て債務を抱える新興国や企業に影響するという資金循環は続いています。

40年前と現在では金融市場の仕組みは変わっています。しかし、**「世界のどこで資金が余り、どこへ流れ、誰がその資金を借りているのか」**を考えることは、今も国際経済を見るうえで重要です。

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この記事を書いた人

独立系ファイナンシャルプランナー。福祉x金融の視点で、家計と人生設計をサポートしています。

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